東山の空に浮かぶ、一年じゅう解かれない祇園祭の鉾。
ねねの道を円山公園のほうへ歩いていくと、石塀と瓦屋根の連なりの向こうに、見慣れないかたちの塔がすっと立ち上がります。反りの深い屋根のてっぺんから細い柱が空へ伸び、その先端には金色の鳥。祇園祭の鉾をかたどった楼閣、祇園閣です。
この塔が立つのは、ふだんは門を閉ざしている寺院・大雲院(だいうんいん)。織田信長・信忠父子を弔うために創建された浄土宗系の単立寺院で、境内に入れるのは特別公開のわずかな期間だけです。なお、京都・岩倉にある大雲寺(だいうんじ)とは別の寺院です。
私はこの塔の先端の鳥を、長いあいだ鳳凰だと思っていました。その正体を確かめられたのは、2026年春の特別公開でのこと。満開の桜の下で実際に歩いた記憶とともに、ねねの道でいちばん不思議な名建築を紐解いていきます。
祇園閣とは|祇園祭の鉾を、一年じゅう眺めるために
祇園閣は、大倉財閥の創始者・大倉喜八郎が晩年を京都で過ごすために構えた別邸「眞葛荘(まかずそう)」の一部として建てられました。生誕90年を記念し、1927年(昭和2年)に完成したと伝わる楼閣です。

込められた願いはただひとつ、祇園祭の鉾を一年じゅう眺めていたい。高さ約36メートルの塔は、ひと夏で解かれてしまう鉾を、建築として永遠に立ち上げたものです。設計は、平安神宮や明治神宮などを手がけた建築家・伊東忠太。国の登録有形文化財に登録されています。
屋根が銅板葺きであることから、金閣・銀閣に並べて「銅閣」とも呼ばれてきました。寺のために建てられた仏塔ではなく、ひとりの実業家の夢から生まれた私的な楼閣が、のちに寺院の象徴となる。その数奇な経緯も、この塔の異色さを物語っています。

喜八郎と忠太のつながりは深く、東京では、喜八郎が蒐集した美術工芸品を収める大倉集古館の設計も忠太が手がけています。祇園閣とほぼ同時期に竣工した建物で、細部に通じ合う意匠があるのだそう。東と西に残されたふたつの建築を見比べるのも、一興かもしれません。

そして、私が鳳凰だと思い込んでいた先端の鳥。あれは鶴でした。喜八郎の幼名は鶴吉、のちに鶴彦、晩年は鶴翁。屋根の銅柱の上では金箔を重ねた鶴が羽を広げ、正面の銅扉の内側にも大きな二羽の鶴が向かい合っています。鶴は、喜八郎その人の象徴なのだそうです。
敦煌壁画の階段を上る|閣上にひらける、東山の一望
特別公開の日、祇園閣の入口では、丸みを帯びた石の獅子が一対、拝観者を迎えてくれました。石組の基壇に二層の楼を載せた三層構造。外観は和の鉾のかたちなのに、足元の石積みはどこか西洋の塔のようでもあり、近づくほどに印象が揺らぎます。

一歩なかへ入ると、空気が変わりました。壁面いっぱいに広がるのは、中国・敦煌の壁画を模写した極彩色の仏画。1988年の全面改修の際に描かれたもので、菩薩や説法の場面が壁から天井へと連なっていきます。

内部は決して広くありません。けれど、所狭しと描かれた仏画がひとつの物語のように続いていて、階段をひと折れ上るたびに、楽しさが増していくのです。蓮の花をかたどった照明がやわらかく灯り、ところどころに青銅の奇獣。想像していた京都の寺とはまるで雰囲気が違う、異文化の融合した空間でした。


そして閣上へ。この日は快晴で空気が澄みきっていて、八坂の塔、知恩院の三門、遠くには京都タワーまで、東山の町並みがぐるりと一望できました。歩いてきた道と、これから歩く道。京都の位置関係が、ここに立つとすっと腑に落ちます。

鉾の上から京都を見渡したい。閣上に吹く風のなかで思い出すのは、この塔に込められた喜八郎の願いです。祇園祭の鉾頭から眺めるような景色を、季節を問わず味わえる場所。百年ちかく前の夢の上に立っていると思うと、眼下の町並みが少し違って見えてきます。
大雲院の歴史|信長父子を弔うために生まれ、三度うつった寺
大雲院の創建は天正15年(1587年)。本能寺の変で没した織田信長・信忠父子の追福のため、正親町天皇の勅命を受けた貞安上人が、烏丸二条の御池御所を賜って開いたのがはじまりです。
天正18年(1590年)には、豊臣秀吉の京都改造にともない寺町四条へ移転。貞安上人に帰依していた秀吉の格別の配慮により、敷地は数倍に広がったと伝えられています。天明の大火(1788年)で全焼し、本堂を再建したのもこの寺町の地でした。

昭和22年(1947年)には浄土宗知恩院派を離れ、単立の寺院となります。やがて戦後、寺町四条の界隈は繁華街の中心となり、昭和48年(1973年)、大雲院は東山山麓の現在地へ。その土地こそ、かつての大倉別邸、祇園閣の立つ場所でした。
つまり、塔が寺に建てられたのではなく、寺のほうが塔のもとへ移ってきたのです。この転倒こそが、大雲院と祇園閣の物語のいちばん面白いところだと思います。

境内と墓所|織田信長・信忠碑と、石川五右衛門の墓
本堂には、本尊の阿弥陀如来が祀られています。堂内は撮影できないため写真はありませんが、静かな空間でゆっくりと手を合わせられました。
本堂の奥、墓地へ進むと、入ってすぐ目の前に大きな石塔が立っています。織田信長・信忠父子の碑です。遺骨を納めた墓ではなく、創建の機縁となった父子を弔う供養の石塔。それでも、この寺が四百年あまり守り続けてきた祈りの中心であることが、その堂々としたたたずまいから伝わってきます。

もうひとつ、意外な名前に出会います。石川五右衛門の墓碑です。処刑を前に市中を引き回された五右衛門が、寺町四条にあった大雲院の前を通りかかり、貞安上人から引導を渡された。そのとき上人が、必ず墓を建てて供養すると約束した、と言い伝えられています。

私が訪れた日は墓地に案内の方がいて、五右衛門の墓碑まで迷わずたどり着けました。墓地には佐土原島津家の墓所や、江戸期の文化人たちの墓も並び、この寺が長く京都の中心にあったことを静かに物語っています。
墓地の手前では、八重の桜がちょうど見頃を迎えていました。ふっくらとした花びらが風に揺れる様子は、祈りの場にふさわしい、やさしい彩りでした。

特別公開|通常非公開の扉がひらく、年にわずかな機会
大雲院は通常非公開の寺院です。拝観が叶うのは、寺が主催する特別公開や、京都市観光協会の「京の夏の旅」のような文化財公開の企画で、年にわずかな期間だけ扉がひらくとき。だからこそ、境内の桜も、敦煌壁画も、閣上の眺めも、出会えたときの喜びがひとしおなのです。

私が歩いた2026年春の特別公開では、本堂・鐘楼・祇園閣に加え、織田信長・信忠碑と石川五右衛門墓碑もお参りすることができました。予約は不要で、受付は南門。桜の最盛期にもかかわらず境内は静かで、ねねの道の賑わいがうそのような時間が流れていました。
特別公開の開催有無や日程、公開範囲は企画ごとに異なります。2026年は秋の特別公開の開催も発表されています。日程と料金は記事末尾の基本情報にまとめていますので、おでかけの前には大雲院公式サイトのお知らせとあわせてご確認ください。
ねねの道から円山公園へ|大雲院を組み込む東山さんぽ
大雲院が立つのは、高台寺の北、ねねの道が円山公園へと抜けていく曲がり角。私が訪れた日も、圓徳院からねねの道を円山公園へ向かう途中でした。石畳の道の延長線上に、ごく自然に組み込める立地です。
すぐ南には、ねねが晩年を過ごした圓徳院|ねねが晩年を過ごした、高台寺塔頭の静かな庭へ。高台寺の庭をめぐってから北上し、大雲院で祇園閣を見上げ、円山公園の桜と八坂神社へ抜けていく。東山の南北をつなぐ散策路の、ちょうど結び目にあたる場所です。

閣上から眺めた八坂の塔や知恩院の三門を、こんどは地上から訪ね歩く。そんな答え合わせのような歩き方ができるのも、祇園閣に上ったあとだけの楽しみです。
結び|鶴が見下ろす、もうひとつの京都
ねねの道を歩くたびに気になっていた、あの不思議な塔。その正体は、祇園祭を愛した実業家の夢と、信長父子を弔い続けてきた寺の祈りが、ひとつの境内で重なり合った場所でした。
扉がひらくのは、年にわずかな期間だけ。けれど、閉ざされている時間が長いからこそ、鉾先の鶴を見上げる春の一日は、特別な記憶になります。次にねねの道で祇園閣を見かけたら、公開の予定をそっと調べてみてください。鶴が見下ろす京都は、きっと想像よりもずっと広いはずです。
もっと深く知る
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アクセス|大雲院・祇園閣
大雲院はねねの道沿い、高台寺の北、円山公園の南に位置します。市バスなら206系統「東山安井」下車で徒歩約5分。電車なら京阪本線「祇園四条」駅から徒歩約15分ほどです。八坂神社や円山公園からは南へ数分、高台寺・圓徳院からは北へ数分と、東山の名所からの徒歩圏にあります。特別公開時の受付は南門です。
基本情報|大雲院・祇園閣
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 本山龍池山 大雲院(祇園閣) |
| 所在地 | 京都府京都市東山区祇園町南側594-1 |
| 宗派 | 浄土宗系単立 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 天正15年(1587年) |
| 文化財 | 祇園閣・書院(国登録有形文化財) |
| 拝観 | 通常非公開(特別公開時のみ拝観可・受付は南門) |
| 2026年の公開実績 | 春の特別公開(3月24日〜5月6日の設定日・大人1,000円/小中高生500円)、第51回京の夏の旅(7月10日〜9月30日)※いずれも終了 |
| 2026年 秋の特別公開 | 10月31日(土)〜12月6日(日)の土日祝・計14日間(10月31日、11月1・3・7・8・14・15・21・22・23・28・29日、12月5・6日)。10:00〜16:30(受付16:00まで)。大人1,000円/小中高生500円・予約不要。公開施設は本堂・祇園閣・鐘楼・織田信長・信忠碑・石川五右衛門墓碑(旧真葛荘は非公開) |
| 今後の公開 | 開催時期・拝観料・公開範囲は企画ごとに異なるため、公式サイトのお知らせをご確認ください |
| アクセス | 市バス206系統「東山安井」下車 徒歩約5分/京阪本線「祇園四条」駅 徒歩約15分 |
※寺院の歴史・建造物に関する情報は、大雲院公式サイトおよび公開主催者の公式発表に基づきます(2026年10月時点)。特別公開の開催有無・日程・拝観料・公開範囲は変更となる場合があるため、最新情報は公式サイトをご確認ください。
※本記事の写真は、2026年春の特別公開の際に筆者が撮影したものです。堂内など撮影が制限されていた場所では撮影していません。

